名古屋地方裁判所 平成10年(ワ)2956号 判決 2000年6月28日
原告
金本重夫こと金学範
被告
田中昭平
主文
一 被告は、原告に対し金二九万三四七七円及びこれに対する平成九年一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
四 この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一四五二万七八八六円及び内金一三二二万七四〇六円に対する平成九年一月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、左記一1の交通事故の発生を理由に原告が被告に対し自賠法三条により損害賠償を求める事案である。
一 争いのない事実等
1 交通事故
(一) 日時 平成九年一月四日午前九時四五分ころ
(二) 場所 岐阜県恵那郡岩村町飯羽間二七五〇番地先路上
(三) 加害車両 被告運転の普通乗用自動車
(四) 被害車両 原告運転の軽四輪貨物自動車
(五) 態様 渋滞により停車中の被害車両に加害車両が追突
2 被告は加害車両の運行供用者である。
二 争点
1 本件事故による原告の傷害の程度、相当因果関係
(一) 原告の主張
原告は本件事故により外傷性頸部症候群の傷害を受け、平成一〇年一月一四日にはその治療のために手術を受けた。同年五月二三日に症状固定となったが、自賠責後遺障害等級一一級相当の後遺障害が残存している。
(二) 被告の主張
本件事故は非常に軽微な事故であったから、原告の傷害はごく軽いものである。仮に現在原告に原告主張の傷病があるとしても、右傷病と本件事故との間には因果関係がない。
仮に原告の現在の症状と本件事故との間に因果関係が存在するとしても、原告の損害発生及びその拡大について原告の心的要因が寄与していると考えられる。また、原告には頸椎及び腰椎の変性が既往症として存在する。したがって、過失相殺の規定を類推適用し、その損害につき減額されるべきである。
2 原告の損害
(一) 原告の主張
別紙計算書のとおり
(二) 被告の主張
原告の主張を争う
第三争点に対する判断
(成立に争いのない書証、弁論の全趣旨により成立を認める書証については、その旨記載することを省略する。)
一 争点1(本件事故による原告の傷害の程度、相当因果関係)について
1 甲第七号証の一、二、一二、第九ないし第一三号証、第一五号証、第二二号証の一ないし三、乙第一号証の三及び六、第三、第四号証、原告本人尋問の結果(ただし甲第一五号証及び原告本人尋問については後記の信用しない部分を除く)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 本件事故現場は国道二五七号線の小沢山トンネル手前の下切橋上であり、本件事故当時路面は凍結していた。原告はその三台前を走行していた車がスリップして横転したことから急ブレーキをかけて停止した。原告車両に続いて走行していた被告は原告車両のブレーキランプを見て危険を感じてブレーキをかけたものの間に合わず原告車両に衝突した。衝突後、原告車両、被告車両とも二メートルほど前方に移動して停止した。
事故態様につき、原告は、追突の衝撃で二〇メートルないし二三メートル前まで原告車両が押し出され、被告車両は追突した勢いで一八〇度回転して四〇メートルくらい逆走したと述べるが(甲一五、原告本人尋問六ないし一一項)、他方、下切橋に入って三分の二くらい行った位置で停止していたところ、追突されて橋を通り過ぎて五〇センチメートルくらい行ったところで止まったとも述べていること(同一二一、一二二項)、下切橋の全長は長くとも三〇メートル程度であると認められること(乙四)、事故後の双方の車両の損傷状況が著しく軽微であること(乙一の三及び六)に照らすと、事故状況についての原告の右の供述及びその作成にかかる陳述書の内容はとうてい信用することはできない。
(二) 本件事故は平成九年一月四日午前九時四五分ころに生じたものであるところ、原告(昭和一二年二月二八日生。本件事故当時五九歳)は娘に持たせる土産物を買い物に行く途中に本件事故に遭ったものであって、事故直後、後頭部に痛みを感じていたもののそのまま買い物に向かい、昼過ぎまで買い物をしてから帰宅した。その後午後三時ころになって頭から首筋にかけての痛みがひどくなったことから、翌五日に国民健康保険上矢作病院(以下「上矢作病院」という。)を受診した。同病院では、頸部に痛みのために可動域制限があるものの、上肢・下肢共に動き・感覚に異常は見られず、頸椎捻挫、今後約一〇日の安静を要する見込みと診断され、ネックカラーでの固定、湿布、内服薬等を処方された。その後同月一〇日に同病院を再診し、レントゲン検査上、頸椎の第三・第四椎間板に変性があることが認められたものの、医師からは「もう二週間程度の安静加療を、その後、症状に応じて仕事へ復帰を」と説明された。原告は以後、同病院への通院はしなかった。
(三) 原告は、同月一三日に、尾崎医院を受診して第二頸椎から第四頸椎にかけての圧痛、頸部の後屈痛に加えて腰痛を訴えた。同医院では、外傷性頸椎症、腰部捻挫、腰痛症と診断された。同医院では、同日レントゲン検査の結果、第一腰椎に軽度の変形(すべり症)が認められている。原告は、同日以後、尾崎医院に通院を続けて内服薬及び理学療法を受けた。その間、肩から手先にかけてのしびれ、左肘、手首の痛み、両足背のしびれ、頭痛、両膝に力が入らない、背部痛が続く、首の突っ張り感が続くなどと訴えたが、同年二月二六日になっても症状が不変であることから医師から転医を勧められ、同日、原告は同病院への通院を打ち切った。
(四) 原告は、尾崎医院からの紹介で、同年三月三日に、土岐市立総合病院の耳鼻咽喉科及び整形外科を受診した。同病院整形外科での同日の所見では、ラセグー、ジャクソン、スパーリング等の各種検査はいずれも陰性であり、仕事を軽作業にして開始するよう指示された。その後のMRI検査では第三・第四頸椎に脊椎管狭窄がみられたものの、再度受診した同月一二日にも仕事は行っていないとの原告の申告に対して、行ってくださいとの医師の指示があった。さらに同年四月一日にも仕事に行っていないことで医師から「(就労不能を)証明できません」と伝えられている。その後、原告は、同月八日に愛知医大に転医すると告げて同病院への通院を打ち切った。なお、原告は、同病院整形外科の医師の就労指示や就労不能の証明を出さないとの指導に疑義を述べるが、前記のとおり各種検査により腰部、頸部共に神経根症状がないことが明らかである以上、右の指示及び指導は根拠のあるものと認められる。
(五) 右の通院期間中、原告は、平成九年三月六日、同月一一日にいずれも昼の一二時過ぎころから一八時近くまでパチンコ店でパチンコを行っていた。また同月一二日には土岐市民総合病院に通院した後(前記のとおり医師から就労を再度勧められた日)、恵那市内のゴルフ練習場に赴き、ドライバーを振って練習を開始し、時々アイアンでアプローチの練習をしていたが、約三五分間思い切りクラブを振って汗を流した。さらに、昼前にはゴルフ練習場を出てパチンコ店に向かい、以後一六時過ぎまでパチンコをしていた。
原告は、土岐市民総合病院に通院当時、首の痛み、頭痛、手足のしびれ、めまいなどの症状は治まらず、仕事をすることも出来ず、昼間やることもなかったことからたまにパチンコ店に暇つぶしに行っていた、ゴルフ練習場には三回くらい通ったのみであって、いずれもしびれあるいは痛みが強くて長時間体を動かすことはできなかったと述べている(甲一五、原告本人尋問の四二ないし四八項、二〇五ないし二二八項)。しかし、右に認定したように、日を置かずにそれぞれ一日に六時間程度もパチンコをしていた状況、ゴルフ練習場でフルスイングでの練習を三〇分程度行った後、そのままパチンコ店に赴き夕刻までパチンコを続けていた状況に照らすと、右の原告の症状についての供述ないしは陳述書の記載は信用することができない。
(六) 同年四月一七日、原告は愛知医科大学附属病院を受診し、平成一〇年一月に入院して手術を受けた。同病院への入院時の原告の主訴は同年三月下旬からの両下肢等のしびれであった。同病院での最終的な診断名は変形性頸椎症と第三、第四頸椎不安定(症)であり、平成一〇年一月一四日に第三、第四頸椎椎間板の前方徐圧及び固定術が行われた。同手術の記録によれば、原告の椎間板ヘルニアに化骨化があり、かなりの年月が経過したものであることが認められる(甲一三)。
右の手術後、原告は、同病院整形外科で、同年五月二三日には症状固定と診断されている。
(七) 原告は、本件事故前年の平成八年に、頸肩腕症候群との病名で六月から七月にかけて尾崎医院に通院していた。また、原告は一五年くらい前から副業としてチェーンソー等を使って下草刈り、間伐、枝切りなどの山仕事をしていた。
2 右に認定の事実を総合すると、原告は本件事故以前から頸椎椎間板変性、頸椎椎間板ヘルニア及び腰椎椎間板変性の既往症があったこと、本件事故後の症状はこれらに起因するものであることが認められる。
なお、甲第一四号証の一、二には、愛知医科大学附属病院の医師の意見として、「椎間板ヘルニアについては頸部に事故のような強い外力がかかった場合生じます。」、「(本件交通事故が原因である)可能性は否定できません。」、「(現症状は、六年前の既往症と本件交通事故のうち)今回の事故の可能性が高いと考えられます。」と、本件事故により頸椎椎間板ヘルニアが生じたとも認められる記述がある。しかし、この意見は、全体として「現在訴えている多くの症状は本人は事故以後に出現したと主張」していることを前提としていることが明らかであること、事故以前のMRIと事故後のMRIを比較していながら、なお、今回の事故が原因である「可能性が高い」というに留まり、ヘルニアが本件事故により生じたとまでは述べていないこと、前記認定の事実によれば本件事故により原告が受けた衝撃は著しく強いものとは認められず、事故直後の原告の症状もそれほど急を要するものではなかったこと、当初診察をした上矢作病院でも頸椎椎間板の変性は指摘されているものの、医師から二週間程度の安静後仕事の再開が指示されていること、原告の手術時の記録によれば頸椎椎間板ヘルニアに化骨化が認められること、本件事故前年にも頸部、腕部の症状が出現したことがあったと認められること等の状況に照らすと、右の意見によってもなお、本件事故以前から頸椎椎間板ヘルニアが生じていたものとの認定を覆すには足りないと認められる。
3 しかしまた、原告の症状は既往症である頸椎椎間板ヘルニア、変性、腰椎の変性に起因するものであるとしても、本件事故によりその症状が一時的に発症ないしは悪化させたことは明らかであるところ、その悪化させた状況は前記認定の経緯に照らし遅くとも平成九年二月末(事故から二か月後)にはいったん軽快していたと見るのが相当である。そして、この間の症状についての本件事故の寄与の程度は、頸椎について翌平成一〇年一月に手術が行われていることに照らすと右の既往症の寄与率を超えるものとは認められず、五〇パーセントを超えないものとみるのが相当である。
4 したがって、平成九年三月末以後の原告の症状の悪化は、既往症である頸椎椎間板ヘルニア、変性と腰椎の変性自体の悪化とみるのが相当であって、本件事故と相当因果関係に立つものとは認めらない。
二 争点2(原告の損害)について
1 治療費・文書料(請求額六〇万三一六〇円) 零円
右に認定のとおり、原告の症状のうち本件事故と相当因果関係に立つものは本件事故から約二か月経過した平成九年二月末日までと認められるところ、原告の請求する治療費・文書料は同年四月一日以降のものであることが明らかであるから、その請求は認めることができない。
2 入院雑費(請求額三万五〇〇〇円) 零円
前記認定のとおり、愛知医科大学附属病院への手術のための入院は本件事故による症状が軽快した後の既往症の悪化に対する治療とみるのが相当であるから、入院雑費を本件事故と相当因果関係に立つものと見ることはできない。
3 交通費(請求額七万九二〇〇円) 四九〇〇円
前記認定のとおり、原告の症状のうち本件事故と相当因果関係に立つものは本件事故から約二か月経過した平成九年二月末日までと認められる以上、交通費については、弁論の全趣旨に照らし、上矢作病院分七〇〇円、尾崎病院四二〇〇円についてのみ認めるのが相当である。
4 休業損害(請求額四九七万二一九八円) 一三万二〇五五円
前記認定のとおり、原告の症状のうち本件事故と相当因果関係に立つものは本件事故から約二か月経過した平成九年二月末日まで(五五日間)と認められるところ、少なくともこの期間については就労は不可能であったものと認められる。
しかし、甲第一五、第一六号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は平成八年にそれまで勤務していた工場を定年で退職し、その後平成八年一〇月二五日に職業訓練校での訓練を終えて造園技術を修得したものの、本件事故の約二〇日前にようやく株式会社光岡組と契約を締結したもので、本件事故までの約二〇日間の原告の稼働状況を裏付ける資料はない。
他方、甲第三号証の一ないし四、第四号証の一ないし三、第五号証の一ないし九、第一五号証、原告本人尋問の結果によれば、原告は本件事故の一五年ほど前から副業として山仕事を行っていることが認められる。しかし、このうち串原村森林組合からの収入は甲第四号証の二によれば平成五年一一月一日から平成六年四月二三日までの期間に対する支払の一部であることが認められるから、その期間の支払合計額九三万九六〇〇円の六分の四に当たる六二万六四〇〇円のみを平成六年分の収入と認め、甲第四号証の三によれば那須木材からの平成八年三月ないし五月の収入は九三万円と認められることを併せて考慮すると、本件事故前三年間に原告が山仕事により得た収入は二六三万〇一五五円、一日当たり二四〇一円となる。したがって、これに五五日を乗じた一三万二〇五五円の限度で休業損害を認める。
5 入通院慰謝料(請求額二二〇万円) 四五万円
前記認定の本件事故と相当因果関係の認められる治療期間に照らすと、通院慰謝料として認められる額は四五万円が相当である。
6 後遺症慰謝料(請求額二五〇万円)及び後遺障害逸失利益(請求額二八三万八三二八円) 零円
前記認定のとおり原告の後遺障害及び現症状は本件事故と相当因果関係がないと認められるから、後遺障害慰謝料及び後遺障害逸失利益はいずれも認めることができない。
三 結論
したがって、原告の請求は右の損害額合計五八万六九五五円の五〇パーセントに当たる二九万三四七七円及びこれに対する本件事故の日である平成九年一月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由がある。
(裁判官 堀内照美)
損害額計算書
1 治療費・文書料(既払分を除く) 金60万3160円
症状固定日平成10年5月23日
2 入院雑費 金3万5000円
25日×1400円
3 交通費 金7万9200円
自家用車
上矢作病院 往復35km 350円 2日 700円
尾崎病院 往復14km 140円 30日 4200円
土岐総合病院 往復60km 600円 14日 8400円
愛知医大病院 往復100km 1000円 68日 6万8000円
森井接骨院 往復14km 140円 80日 1万1200円
4 休業損害 金497万2198円
伐採関係 3年間277万2694円
年間収入92万4231円
平成9年1月4日から平成10年5月23日まで
92万4231円×504日÷365日
=127万6198円
(株)光岡組関係(既払分を除く)
平成9年3月1日から平成10年3月5日まで
(第2及び4土曜日、日曜日、年末5日、春5日、夏5日を除く)
3月(25日) 4月(24日) 5月(25日)
6月(23日) 7月(25日) 8月(24日)
9月(24日) 10月(25日) 11月(23日)
12月(25日) 1月(25日) 2月(22日)
3月(24日) 4月(24日) 5月(18日)
以上合計356日から20日を引いた336日
1万1000円×336日=369万6000円
5 入通院慰謝料 金220万円
入院25日 通院17ヶ月19日
6 後遺症慰謝料 金250万円
12級該当
7 後遺症逸失利益 金283万8328円
年収 92万4231円+(1万1000円×275日)
=394万9231円
394万9231円×14/100×5.13360118
=283万8328円
8 未払損害額 金1322万7886円